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1991年(平成3年)
入れ替え戦・・・またしても夢と消えた一部リーグ復帰
前年、入替戦に引き分けて残留を余儀なくされ、再び悲願の一部リーグ復帰に向けて我々の最後のシーズンがスタートした。 春の近畿学生選手権大会では三部リーグの摂南大との試合で控えの選手のレベルアップを図るため、レギュラーをはずして臨んだが敗北を喫し、幾多のOB諸氏や武智監督から厳しい叱責を受けたことを思い出す。それでも春の最終戦では一部リーグの強豪、立命館大との練習試合で勝利し、手応えを感じて春のシーズンを終えた。 この年の夏は猛暑が日本列島を襲い、広島県千代田での夏合宿は例年になく厳しい合宿となった。オフェンスは4回生の副将山中、秋山、城戸を中心に大型で強力ラインを形成、QBに甲南史上でも屈指のアスリート上代、RBに抜群のスピードを持つ辻本を擁し、甲南伝統のラッシングアタックに更に磨きをかけ前年にお招きしたイリノイ大学ヘッドコーチ、ジョン・マコヴィックコーチに教わった3ステップのパスを導入、ラン一辺倒のオフェンスにバリエーションを加え、秋のシーズンに備えた。ディフェンスは目立ったスターはいないが、主将DE西村、LB西田を中心としたシュアなディフェンスを形成。いずれも4回生主体の布陣で秋のリーグ戦に臨んだ。 初戦の京都府立大との試合は圧勝し順調なスタートを切ったが、続く龍谷大、大阪市立大戦はオフェンスが不発、しかしディフェンスが踏ん張り何とか全勝で最終戦の大阪経済大との試合に臨むこととなった。全勝同士のこの試合は会心の出来で勝利して2部リーグ順位決定戦で京都産業大に徹底的に弱点を突かれて破れてディフェンスが崩壊。入替戦に向けて不安が残る結果となった。 入替戦の相手は5年連続で同じ顔合わせとなった宿敵関西大学。試合開始早々、関西大は関大史上No.1のRB山下次郎、北埜、山本寿の3人を並べたウイッシュボーンを使用。1Q関大が北埜のダイブで先制のTD。反撃に出る甲南は、ディフェンスが踏ん張り相手をパントに追いやると、このパントをブロックして絶好のフィールドポジションから辻本へのプレーアクションパスで敵陣深く攻め込み、最後はFB吉川のスマッシュで同点に追いつく。その後は両軍とも膠着状態で前半を終え、後半の第1プレーで今シーズンの象徴パワーオフタックルで辻本が独走TD。しかし続く関大もすぐさま反撃、ウイッシュボーンからのランでつなぎTD。だが甲南オフェンスはラインが圧倒し追加点を挙げる。しかし試合が第4Qに移ると甲南ディフェンスは負傷者が続出し防戦一方の展開に陥ってしまった。6点を追うシリーズでは必殺のスペシャルプレー、ガードリバースを繰り出し逆転したが、この後の関大に再度逆転を喫し、最後のドライブも敵陣1ヤードで辻本が止められ万事休す。またしても一部リーグ復帰はならなかった。 (梅谷 大輔) ■スタッフ
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■近畿学生リーグ Aブロック
■入替戦
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