
![]()
| →歴代表彰者 | トップページ > チームの歴史 > 1982年(昭和57年) |
|
1982年(昭和57年)
忘れる事が出来ない 悲しくつらい思い出
今年こそは、入替戦に出場し4年振りに一部リーグに復帰するぞという気持ちを抱いて、そしてこの年から石崎監督を迎え、ボックスというオフェンスフォーメーションを採用し、臨んだ昭和57年度でした。4回生は7名ではありましたが、各ポジションに散らばっており、新監督を迎え、三宅主将以下部員一同は、やる気満々で新チームをスタートさせ、寒風が吹く広野合宿所で春合宿を順調に済ませ、甲南大学南グラウンドに場所を移して練習していたところ、タックルの練習中に当時2回生の出雲井善旗君が倒れて、そのまま入院し4月22日に亡くなられた事が、今でも忘れる事が出来ない悲しくつらい事でした。その後、東京遠征も中止し、約1ヶ月程休部し、そして練習再開しましたが、部員一同、出雲井君のフットボールにかける情熱を胸に抱きながらやる練習で、チームは以前にもましてまとまりが出来て、燃えるものが感じられました。こうして迎えた秋の近畿リーグ兵庫ブロックですが、第2戦の八代学院大戦では、思わぬ苦戦をしいられ第4Qになってやっと逆転勝利できたという展開の試合でした。誰もがもうダメかなと思った程あぶないゲームを勝てたので、当時の部員は今でも忘れることができないゲームのひとつであろうと思います。そして最終戦、やはり神戸学院大との優勝決定戦となったのですが、両校持てる力を出し合い結局引き分けとなり両校兵庫ブロック優勝となりました。そして、再び入替戦トーナメント出場への代表決定戦で 神戸学院大と戦い9-3という惜しい負け方をしましたが、実力的には差はなかったと思います。唯その時に限り勝利の女神が我がチームに微笑まなかったのだと信じております。最後に今後の甲南大学フットボール部発展を心から祈っております。 ■スタッフ
■4回生メンバー
■春季戦績
■近畿学生リーグ 兵庫ブロック
■入替戦
|