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1977年(昭和52年)
何物にも優る生涯の財産を得た4年間
創部40周年-我々が卒業して18年、そして我々がこの世に生を受けたときから甲南大学アメリカンフットボール部の歴史が始まった事になります。 18年と言う歳月は、記憶を薄れさせるには十分ですが、4年間の「思い出」を辿ってみたいと思います・ 希望と苦しみの一回生-気が付つけばそこは家だった本学裏の神社で新入生歓迎コンパ、地獄の苦しみの夏合宿、しかし秋期リーグ京大戦での久次主将の約40ヤード(だったと思う)独走のタッチダウン-ウイッシュボーンTからのHBダイブには感激しました。 二回生-悔しさの近大戦-夏合宿は初めて広野合宿所を脱出し、山中湖で。玉川学園のテニス部の女子高生と同宿で、練習は厳しかったですが…楽しかった! そして秋のリーグ戦、3勝3敗で引き分けても3位で迎えた最終戦の対近大、タイムアップ間際の逆転タッチダウンのはずがタッチバックになり敗戦、大声で泣いてしまいました。ENJ0Yそして充実の三回生主力スタンディングメンバーの卒業にも拘わらず、丸谷主将の下、夏のオフも2週間に短縮して秋のリーグ戦はなんとか3勝する事が出来た。 4回生には色々と御迷惑を掛けた問題児の多かった我々でしたが、充実していた1年でした。 そして屈辱の4回生-卒業生も少なく、故長手氏も指導陣に参画、里先輩のデイリーコーチと期待された年だったが、終わってみればリーグ戦は最終戦の対追手門大の勝利のみの1勝6敗、そして甲南史上始まって以来の入替戦…対愛知学院大それも2本先制され、ひやひやの勝利で関西学生リーグ残留、4年間で最悪で悔いの残るシーズンになってしまいました。 つらく、楽しくそして苦い4年間でしたが、何よりも得難い友を先輩を後輩をそして思い出を得る事が出来ました。これは何物にも優る生涯の財産です。 甲南大学アメリカンフットボール部 万歳!! ■スタッフ
■4回生メンバー
■春季戦績
■関西学生リーグ
■入替戦
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