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1975年(昭和50年)
知将石崎英一監督から猛将三原昭夫監督へ
長らくお世話になった、S41の石崎氏より同期の三原氏へ監督が引継がれた。この4年の先輩には、栫氏、西島氏、川口氏がおられ、私どもに取って、最もお世話になった年代であり、先ずご指導に対し御礼申し上げます。ただ「名将を持ってしても兵動かず」にて大変申し訳なく思っている。二年目を迎えた、ウィッシュボーンT5-2MRの斬新なフォーメイションに依っても、勝越すに至らずであった。 関西リーグ指折りのRB久次氏(50年)の卒業は決定力不足を招いたが、湊、山田君(52年)、SE岩崎の成長で、主戦QB沖田の開幕欠場も森田君(52年)の活躍にて何とか取り繕った。ディフェンスでもNジャンボ田端氏、DT田淵氏(50年)の穴埋めに奔走しが、G泉、T酒殿も攻守に健闘した。 LBは丹羽、笹木、橋田、DBは小南、村上君(52年)ら中心で、これにC丸谷君、DE里君(共に52年)ら経験豊富な陣容で臨んだ。今思えば、三回生(52年)に要所で特に助けられたわけで感謝している。また唯一、一回生スターターのCBジャリ森田君(54年)もヤンチャな性格でムードメイクにも貢献した。 さて、主務石崎を紹介する。周年行事のスタートと云える、創部二十周年を本グランドで挙行し、記念0B戦では、30才以上と未満の部に分け、0B、現役共に全員参加し、夫々の家族の前での晴れ姿、ゲーム後のグランドでのパーティーと云った趣向にて、記念すべき部史の一つとした。また夏の広野合宿所からの脱出をテーマに、長駆、山中湖での遠征合宿の遂行も、0B諸氏へのカンパ活動組織部長としての彼の手腕であった。 最後に、私どもが身近な先輩としてご指導を受けた、杉本氏(47年)、山村氏(48年)、野垣氏(49年)の故人となられた三 に対し、紙面をお借りし、改めてご冥福をお祈り申し上げます。 「戦績は 秋風身に染む 四回生」 ■スタッフ
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