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1965年(昭和40年)
無念の関大戦 そして雨の関学戦
昨年の3位転落を猛反省し、小粒な5名の4年生のリードで、関大に対する雪辱と打倒関学を目指して、昭和40年のシーズンはスタートした。 フォーメーションも新しく、オクラホマ・スプリットTを採用、QBのオプションプレイとリバースフェイクのアクションパスを軸に、お得意のクイックパス、QBスニークを盛り込んだ攻撃を展開。ラインの間隔は標準的なスプリットから相手に気付かれない様に広げたり狭くしたりと変化を持たせ、取り易いアングルを作る。バックスもラインもかなり頭も使うため、タイミング合わせとフォーメーションの修得に、また不測の事態でキャプテン三原君の停学事件もあり、春季シーズンはそれに費やされた。 服部緑地公園のユースホステルを合宿所に公園内を転々としながら、夏合宿を終えて秋季リーグ戦に入った。 下位校相手の試合は順当な勝利で終わったが、昨年の屈辱を晴らすべき関大戦は、春の練習試合の惨敗の影響からか、試合前の練習スタート時から暗い雰囲気が漂っていた。必死に声を出し合い、ムードを盛り上げて試合に臨んだ。しかし簡単に先に点を取られ、売出中の関大強カライン梶、多久和、有田君などをトラッププレイで翻弄させ、精一杯追い上げたが、無念の引き分けに終わった。 そして迎えた関学戦は雨の中のゲームになり、グランドコンディションは最悪、相手も同じ条件なので文句は言えない。また使っているフォーメーションのせいにもしたくないが、しかし頑張れど得点できず、副将栫君の退場も非常に痛かった。10年選手の多い関学との格差は大きく、結果38-8で試合終了。リーグ戦での対関学相手の得点差が過去最少であったという、自己満足と又それを誇りにさみしくシーズンは終わった。 (石崎英一) ■スタッフ
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