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1961年(昭和36年)
関西リーグ連続2位 神と悪魔の陣容で臨んだ1年
この年は特に大変であった。最強といわれたレギュラーがほとんど卒業してしまったのである。4年生ペトロ(木村)、ボーフラ(中西)、ニヤケ(西尾)の3名、3年生以下は数こそあれほとんどゲームの経験はない。それ故、この雑兵隊をどう戦士として鍛えるかが最重要課題となった。力不足の4年生にとって武智先輩がコーチとして復帰されたことは大きな戦力であった。これより指導者としてボン(月野監督)、ホラー(長手ヘッドコーチ)、オ二(大野氏)、キリスト(武智氏)とまさに神と悪魔の陣容で布きて一年を過ごすことなかれ」という前途暗雲の出発であった。 春は福知山自衛隊演習場での合宿。ラッパと国旗の下で雨が降ろうが、何が降ろうが狂ったように現れる集団に、さすがの自衛隊も唖然とする有り様であった。合宿旅館では、食欲もなく疲れ果てた我々は二階の大広間で全員就寝の夜中には寝言、軒、歯ぎしり、どなり声、下級生の切なきうめき声とさながらアウシュビッツもかくやと思わせるものであった。たまりかねて4回生がコーチ陣に「健康管理」と叫んだが、その時はかのキリストまでが地獄に堕ちて悪魔と化していたために全くの無駄であった。 西日本大会では、経験不足のため1回戦で敗退。雨の中、日大とのゲームではじめて力量の大きさと恐怖を味わいフットボールに対する我彼の違いに涙した。しかしその成果は下級生に着々と根づき、関学との練習試合では互角の戦いができ、また大いなる自信と希望が涌いてきたのである。 秋季リーグのため、三井グランドでの夏の合宿。前に大きな総合病院があり、気を許したコーチ陣と、悪魔に魂を売った0B諸氏の連日連夜の激しい練習一実際に学校では我が部のことを「夜の狂った蛾」と呼ばれた)が続けられた。そして秋季リーグ戦には関学こそ破ればしたが、下級生による素晴らしい戦士のチームとして復活したのである。これこそが現役から悪魔の集団と呼ばれていたコーチ陣と0B達、そしてその家族の人々の大いなる願いと喜びであり、我々にとっても自信と勇気、戦士達がもつ鍛えられた喜びが結びあった一瞬であり、ただ感謝と感激のみが支配するエクスタシーであろう。 だが、その中にも数々の男達の汗と友情と信頼とユーモア、そしてロマンスまでもが開花していたことをつけ加えておこう。そして私のみならず、誰人もが母校とフットボールヘの愛着を持ち続ける男達の根底になることを。 (木村敏博) ■スタッフ
■4回生メンバー
■春季戦績
■関西学生リーグ
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